M-1王者ミルクボーイのツッコミ担当として知られる内海崇さん。
落ち着いた語り口と独特の間が印象的ですが、その人柄はいったいどんな環境で育まれたのでしょうか。
この記事では、出身地や家族構成、学生時代のエピソードをもとに、内海さんの人物像をひも解いていきます。
ミルクボーイ内海崇のプロフィール
内海さんは1985年12月9日生まれ、兵庫県姫路市出身。
お笑いコンビミルクボーイでツッコミを担当しています。
大学時代に相方・駒場孝さんと出会いコンビを結成し、2019年のM-1グランプリ優勝をきっかけに一気にブレイクしました。
ミルクボーイ内海崇の出身地はどこ?
内海崇さんの出身地は兵庫県姫路市です。
白浜町エリアで育ったとされ、いわゆる生粋の“姫路っ子”。
地元・姫路のイベントや観光PRに参加することもあり、「姫路を代表する芸人」として扱われることもあります。
関西育ちならではの距離感や言葉選びが、内海さんの漫才の安定感につながっていると考えられそうです。
ミルクボーイ内海崇の家族構成
内海さんの家族構成は、父・母・弟・本人の4人家族。
内海さんは長男です。
家族は全員一般人のため、名前や職業などの詳しい情報は公表されていません。
ただ、インタビューなどからは、家族仲の良さや支え合う関係性が伝わってきます。
ミルクボーイ内海崇の父親はどんな人?
父親については、職業や性格などの詳細は明かされていません。
ただ、芸人という不安定な職業を選んだ内海さんを、実家から見守り続けてきた存在だとされています。
内海さんの堅実で落ち着いた性格には、家庭環境の影響もあるのかもしれません。
ミルクボーイ内海崇の母親とのエピソード
内海さんの母親について語られることの多いエピソードが、過去にくも膜下出血で倒れた出来事です。
お医者様からは、「回復しても介護が必要になるかもしれない。」と告げられ、このとき内海さんは、「芸人をやっている場合ではない」と本気で悩んだと語っています。
内海さんの母親は集中治療室に入っていましたが、幸いにも回復。
目を覚ました直後、母親は息子が芸人であることを看護師に話したそうです。
内海さんは看護師さんから「芸人さんやられてるんですよね?お母さんが目を覚まして、すぐ自慢してましたよ」と言われ、「それを聞いたらやめられへんなと思った」内海さんは語っています。
弟からの冷静な助言や、家族の支えもあり、結果的に芸人の道を続ける決断をしました。
この経験が、内海さんの家族思いで誠実な人柄を形作ったと感じられます。
ミルクボーイ内海崇の兄弟
内海崇さんには弟が1人おり、内海さんは長男として育ちました。
弟は一般人のため、名前や年齢、職業などの詳しいプロフィールは公表されていませんが、家族構成は「両親・内海さん・弟」の4人家族であることが明かされています。
弟の存在が広く知られるようになったのは、母親がくも膜下出血で倒れ、危篤状態となった際のエピソードです。
このとき内海さんは、芸人としての活動を休止し、「芸人を辞めるべきではないか」と本気で悩んでいたと語っています。
その相談を受けた弟は、「やめると決めるのはまだ早い」「母の容態が落ち着いてから考えればいい」と、冷静に兄を諭したそうです。
この言葉により内海さんは踏みとどまり、「長男として家族を背負う責任」と「自分の人生を続けること」の両方を考えるきっかけになったとされています。
また、弟が大学進学で実家を離れる際、内海さんが引っ越しを手伝いに行ったというエピソードもあり、兄弟仲の良さがうかがえます。
この出来事は後に漫才のネタとしても語られており、身近な家族との関係性が内海さんの芸風にも自然と反映されているようです。
表には出なくても、内海さんの芸人人生の大きな分岐点で、重要な役割を果たした存在であることは間違いなさそうです。
ミルクボーイ内海崇の学歴
内海さんは小学校から高校まで、地元である兵庫県姫路市内の学校に通っていました。
小学校は姫路市立白浜小学校、中学校は姫路市立灘中学校、高校は、兵庫県立姫路南高校とされています。
小学生の頃は非常におとなしい性格で、授業中にほとんど発言しなかったそうです。
しかし高学年になるにつれ明るくなり、人を笑わせるように。
野球にも力を入れており、当時の夢はプロ野球選手だったと語っています。
中学校に入り、ソフトテニス部に入部しますが、朝練がキツかったことと、顧問の先生に「大仏」というあだ名をつけられたことで、すぐに退部をしています。
その後、バスケ部に入部しますが、「女みたいなシュートの打ち方」と言われたことでバスケ部もすぐに退部しています。
そして高校時代にはすでにお笑い芸人を志し、同級生とコンビを組んで「M-1甲子園」に出場した経験もあります。
ミルクボーイ内海崇の大学は?
高校卒業後は大阪芸術大学芸術学部映像学科へ進学。
大学の落語研究会で相方・駒場孝さんと出会い、ここから本格的に漫才の道へ進みます。
大学1年生の夏には「ミルクボーイ」として初舞台を踏み、学生時代の経験が現在の活動の土台となりました。
駒場さんとのコンビは当初から相性がよく、大学内でもウケたそうです。
大学3年生のときには「大学生M-1グランプリ」で優勝しています。
大学4年生のときに、吉本興業のオーディションに合格して正式にお笑いコンビ「ミルクボーイ」を結成しました。
まとめ
兵庫県姫路市で育ち、家族に支えられながら学生時代から一貫してお笑いを目指してきた内海崇さん。
派手さよりも安定感のあるツッコミや誠実な人柄は、家庭環境と積み重ねてきた経験の賜物といえそうです。
これからもミルクボーイとして、長く愛される漫才を届けてくれるのが楽しみですね。








